ブティとは

ブティとは、南フランスに伝わる刺しゅうの伝統技法です。
2枚の白い布を重ね、ステッチで模様を施した後、その2枚の間にコットンヤーンを通して立体的にモチーフを浮かび上がらせるのがブティの技法。
光によって、まるで彫刻のような独特の表情を見せることがブティの大きな特徴で、南フランスの強烈な陽の光に育まれた芸術と言えるでしょう。

ブティは1800年代後半に一度途絶えてしまった技法です。

1980年代、世界的にも伝統文化や手仕事が見直されるた時代に南フランスの女性たちが再びブティを作る活動を始め、長らく忘れ去られていたブティをよみがえらせました。


ブティの歴史

ブティの原型は1395年にシチリアで作られた『トリスタンキルト(伊:la coperta Guicciardini)』にあると言われています
Guicciardini(グイチャルディーニ)というフィレンツェの貴族がシチリアとカラブリアにあるbroderie en bas-relief(浅浮き彫り刺繍 / 立体的な刺繍)を専門とする工房に『トリスタンキルト』を注文しました。
『トリスタンキルト』は円卓の騎士の一人、トリスタンの物語をモチーフとしています。
もともとケルトの伝承であったトリスタン物語は、12世紀フランスで「トリスタンとイズー物語」としてまとめられました。
宮廷詩人によって広く伝えられたこの恋愛物語は大変な人気を博し、その後の西欧の恋愛観にも影響を与えたとされています。

『トリスタンキルト』は現在では一部がロンドンのビクトリア&アルバート美術館、フィレンツェのバルジェロ美術館に保管されています。



『L'entrée du port de Marseille』1754 Claude Joseph Vernet
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18世紀のマルセイユの港

17・18世紀、マルセイユではマトラサージュ(キルト)や刺繍の工房がたくさんあり、お針子が多く働いていました。中にはイタリアのお針子もたくさんいました。
それらの工房で使われていたテクニックから「Broderie en relief(ブロドリ・アン・ルリエフ)立体的な刺繍」が発展しました。
Broderie en reliefにはいくつかの種類があり、

・Piqûre de Marseille(ピキュール・ドゥ・マルセイユ)
・Boutis(ブティ)
・Broderie de Marseille(ブロドリ・ドゥ・マルセイユ) 
・Broderie Emboutie(ブロドリ・アンブチ)
・Piqué de Marseille(ピケ・ドゥ・マルセイユ)

これらのテクニックとして共通していることは、コットンやシルクやリネンの布を2枚重ねてステッチし、2枚の間にコットンを詰めるということ。

発展とともに次々と技法の名前が生まれ、商業的に分類された呼び名なども混乱の原因となり、確実な定義付けはとても困難であるため、ここでは Piqûre de Marseille(ピキュール・ドゥ・マルセイユ)とBoutis(ブティ)について簡単に記述します。

・Piqûre de Marseille (ピキュール・ド・マルセイユ)
17・18世紀に多く作られたピキュール・ド・マルセイユ(piqûre de Marseille)は
フランスやヨーロッパ各地の貴族たちの装飾品として、マルセイユの工房でプロのお針子たちによって作られる大変貴重なものでした。
中でも、細い線状の模様で構成されたものはヴェルミキュレ(vermiculé = 虫跡形装飾模様の意)と呼ばれ非常に繊細な品です。
ピキュール・ド・マルセイユは、主にはとても細かいポワン・ド・ピキュール(point de piqûre バックステッチ)やポワン・アヴァン(point avantランニングステッチ)でステッチされ、中にはブルーやローズの詰め糸を詰めたものもありました。

・Boutis (ブティ)
時代が少し進み1800年代になると、裕福な家庭の女性たちのための婚礼用のペチコート、ベッドカバー、ペタソン(赤ちゃん用の敷物)などが作られました。
ピキュール・ド・マルセイユに比べてモチーフが大きめでふっくらとしていて、ほぼ全面に模様が施され、モチーフの間が線状の模様「ヴェルミセル(vermicelle = 細い麺・細いパスタの意)」で埋められています。


『Portrait de jeune fille en ancien costume d’Arles』1779 Antoine Raspal
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『Portrait de Mme de Privat de Molières et ses filles』1775-1780頃 Antoine Raspal
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*その他の分類について
Piqué de Marseille(ピケ・ドゥ・マルセイユ)は「ブティ」と同義で使われることもあれば、マルセイユで作られたピケ織の意味であったり、アンディエンヌを使った南フランスのマトラッセ(キルト)の意味で使われることもあります。

Broderie de Marseille(ブロドリ・ドゥ・マルセイユ)はルイ15世の刺繍職人で画家でもあるCharles-Germain de Saint-Aubinが1770年著書の中で定義しています。それによると、2枚重ねてステッチし裏からコットンを詰め(ここまではブティと同じ)、詰めたところが破裂しないように刺繍を施して補強する技法のようです。
しかしながら、Broderie de Marseille(ブロドリ・ドゥ・マルセイユ)は「ブティ」と同義として記述されている場合も多くあります。

By Charles Germain de Saint Aubin 1780 [Public domain], via Wikimedia Commons
(参考文献)
Francine Nicolle『Boutis des villes - Boutis des champs』1999 EDISUD.
Kathryn Berenson 『Boutis de Provence』1996 Flammarion.
Charles-Germain de Saint-AubinL'art du brodeur』1770